INTERVIEW

No.03

株式会社 丸三TAKASHI WADA

あの時、ノティオに資料請求をしていなかったら2年前から何も変わっていなかった。

会社概要
株式会社 丸三
代表取締役社長 和田 崇
本社・ギャラリー 神奈川県横浜市瀬谷区三ツ境16番地の1
TEL 045-363-0003
横浜市三ツ境の駅前で約半世紀。地域情報を熟知し、地元に根付いた不動産会社だからこそ、世代を超えたお付き合いを大切にしている。譲り受けた大切な資産を活かし、次の代につないでいくための最適な提案を行っている。
https://www.maru-3.co.jp/
代表取締役社長 和田さんの経歴

桐光学園中学・高等学校、中央大学商学部卒業後、不動産売買仲介を手がける会社に入社。2002年に、現会長の父が創業した、株式会社丸三に入社し、2007年に代表取締役社長に就任。

ノティオとの出会いと、その当時の御社の状況をお聞かせください。
はじめてノティオを知ったのは、2017年頃、私が代表になって10年目のときです。当時は、「丸三のブランドとは何かを考えなくては」と感じている時期でした。そのきっかけになったのは、1960年頃に私の祖父が幼稚園用地として貸し、その後そのまま売却した土地です。その土地が時代の移り変わりの中でその役割を終え、50年以上の時を経て、今度は分譲事業用地として私たちの元へと戻ってきたのです。半世紀が経っても、不動産とそこに関わる人々のご縁をつないでいけるというのが、私達の強みなのではと感じましたね。その日から、その強みをよりいっそう仕事に活かすために、考えを整理したいと思うようになり、ネットで【不動産 ブランド】と検索して、辿り着いたのがノティオのサイトでした。「まさにこれがやりたかったんだ!」と思いつつも、お気に入り登録しただけで、しばらくは忙しかったり、費用も少し気がかりだったりして、連絡できませんでしたね。数ヶ月後、またサイトを覗いたときに「見ているだけでははじまらない」と、思い切って資料請求をして、ようやくノティオとの関わりがスタートしたんです。
丸三は、父親が創業してから、ずっと家族経営を行ってきました。私は長男ということもあり、高校の頃には、いずれは家業を継ぐのだろうと漠然と思っていたんです。大学卒業後は、勉強も兼ねて、不動産売買の仲介会社で3年間働いて、2002年に丸三に入社し、2007年からは代表になります。経営をするようになって10年が経つ頃には、地元で長く商売を続けるには、何かしらのコンセプトや事業の目的がないと、やりがいを感じられないと思うようになっていました。「不動産会社の仕事の本質とは?」とか、「より地元で必要とされるためにはどうするべきか?」ということを考えていましたね。
丸三には、約半世紀、三ツ境という地で事業をつづけてきた歴史があります。5年や10年、それ以上の長い時間軸の中で、お客様とつながり、その関係性から仕事が生まれてきました。だからこそ、2世代に渡っての取引もよくあります。そういった長期的なお付き合いを軸とした会社としての考え方や、仕事のやり方を形にしていきたかったんです。
実際にブランド構築のワークを行ってみていかがでしたか?
まずは経営理念を確認するところからのスタートでした。自分の考えを整理するために、思いついたことを、ありったけ書き出して、グループ化していく。私たちのような業界では、あまりやることのない作業だったので、楽しみながらできましたね。自分の考えを文字にして、整理して、カタチにしていくという過程は、とてもおもしろかったです。文字にすることの大切さを実感させられる日々でした。
このワークのおかげで、大切にしている考え方や信念を改めて認識できたと思います。結果的に、理念を言葉として打ち出せたことで、採用にも活かせましたし、入社後のスタッフ間の意識の共有にも役立っています。
あと、考えを整理しただけで終わりではなく、明確になった価値観を、一貫していろいろな制作物に反映させられるのはありがたいことでしたね。これまでは、ツールもサイトも広告も、別々の会社に依頼してつくっていて、私が取りまとめていたので、それに結構な労力がかかっていました。名刺や封筒をつくってもらうにしても、自分たちのブランドを一緒に考えてくれた人たちにお願いできるのは、とても頼りになりますし、助かりますね。
対象となるペルソナを決めるときは、
どんなことを考えていましたか?
お客様と長いお付き合いをしている丸三では、世代交代をされても、私たちに興味を持ち続けてもらうということが重要なポイントでした。なので、今のお客様のご子息になるであろう「52歳の男性」を最優先のターゲットに決めたんです。ターゲットを定めることで、いま大切にするお客様像がはっきりと見えました。実際に仕事をしていても「息子が駐車場を探していて……」という相談があるんですよ。そうなってくると、おじいちゃんからお父さん、さらにその息子さんや娘さんという「親子3世代」を、私たちの仕事を通してつないでいける。そして、そうした世代を超えたお付き合いの中で生まれる信頼感こそが、丸三の強みだと思います。やっぱり、家族の資産に関わることを、まったく知らない人には話しづらいじゃないですか。だから、「近くにあって、家族みんなが知っていて、関わりがつづいている」という存在でありつづけたいんですよね。ワークを進めていく中で、ささいな関わりでも続けていく大切さもあらためて気づかされました。
『資産をつなぐ 街の不動産屋。』というブランドスローガンができたとき、
どんな印象でしたか?
“つなぐ”という言葉が、まさに丸三を表しているなと感じて、とても気に入っていますね。売買を通じて次のお客様に家をつなぐ、賃貸を行うことで資産をつなぐ、代々受け継いできた資産を次の世代につなぐ、そして日々の積み重ねで将来につなぐ。
丸三は父の代から、この地で長く営業してきました。その中で、目先の結果を追い求めるのではなく、常にお客様との過程を大事にすることで、長い年月をかけてプラスになって舞い戻って来てくれることがあります。そうして続いてきた丸三を表現する言葉として“つなぐ”というのは、とてもマッチしていますよね。繰り返しになりますが、私たちとお客様のお付き合いの時間軸はとても長期的なものです。今日、家を買われたお客様が、また20年後にも声をかけてくれたら良いなと思っているんです。
ブランドを確立したことで、何か変化は生まれましたか?
会社としての思いや価値がスローガンとして、しっかりと言葉になり、サイトのトップにも出るようになりました。すると、いま一緒に働いてくれている社員も、同じ考えを持ち、同じ方向に向かって仕事ができるようになってきたんです。まさに、私の頭の中が、カタチになったような感覚ですね。
またブランドづくりを通して、未来への構想も、ちゃんと整理して考えられるようになりました。2年前に「3年後には社員を1人、2人増やしている」と書いていたんです。それは前倒しで順調にクリアできていますし、事務所の改装も完了しました。自社のブランドをじっくりと考える機会を設けて、やるべきことが見えてきたからこそ、行動にも移すことができたんだと思います。この2年で着実に、会社として変化してきているのは、間違いありません。
最後に、全体を振り返っての感想と、今後の展望をお聞かせください。
改めて見ても、とても良いものができ上がったと思っています。もしあの時、ノティオに資料請求をしていなかったら、会社としての姿勢や取り組みは、2年前から変わっていなかったかもしれません。ブランドを考えることからはじまり、サイトの制作や販促物、ツール類など、私がやりたいと思うことのほとんどができました。今では、サイトを見ていただいた方から「丸三の雰囲気がすごく出ている」とか「どの会社でつくったの?」ってよく聞かれます。私たち丸三のように、駅前に昔からあるような不動産会社は、日本中にたくさんあると思います。ずっと続いているということは、特に新しいことをしなくても、定期のお客様だけで商売が成り立つところも多いわけです。でも、それだけではダメだと思っている人も、きっとたくさんいるとも思います。そういう会社の経営者は、実際の私がそうだったように、ノティオのようなパートナーを求めているんじゃないですかね。
丸三の今後のテーマは“地味に目立つ”。父と一緒に会社の運営に取り組んでから17年間、急成長した時期はありませんが、じっくりとやってくることができました。だからといって、現状維持を目指してしまうと、きっと落ちてしまいます。だから、常に少しだけ目線を上げて、サービスの質やお客様との関わり方、さらに自分たちの考え方も改善していきながら、焦らず、地道に、1日1日を積み重ねて行きたいですね。それを継続していけるように、これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします!